不調

焦り、焦燥、苛立ち。


こんな只中で麻雀を打つことは、百害あって一利なし。
集中力に欠けて自滅するのがオチだからだ。


そう自分に言い聞かせながら、それら負の感情を必死に押し止める日々。


すでに20戦トップ無し。
東場でダントツが出来上がり、トップ争いとは無縁の南場で2、3着を競う。
追っかけリーチに掴まり、守ってはツモられる。
そんな半荘が続く。


21戦目も、過去20戦をそっくりコピーしたような展開だった。


ラス前でマンガンの親っかぶりをして、3着落ちしながらオーラスを迎える。

雀士A 47000
雀士B 25000
かにマジン 19000
雀士C 9000



得点状況は概ねこんなもの。
トップは完全に圏外、2着とも6000点という微妙な差だ。
ラス目がラス親というのも嫌な雰囲気を醸し出す。


そんな中、7巡目で下記テンパイを果たす。


二萬三萬四萬五萬六萬七萬三筒四筒五筒九筒九筒七索八索

 ドラ 六索



五筒 が赤なので、現状平和赤1。
無論リーチをするとして、2着滑り込み条件は以下のようになる。

他にも、一発裏ドラで逆転2着の条件を満たす。


九索 は場1、ドラの 六索 は場0。
親は早い段階でクイタンの仕掛けに走っている。


それらを改めて頭に叩き込みながら、意を決してリーチに打って出る。


一発は無い。場は親の全ツッパで進んでいく。


トップ目は完全にオリ。
2着目の動向はまだ分からない。まだ攻めっ気を残しているようにも見える。


そして運命の11巡目。
親がノータイムで 九索 をツモ切る。


スジ牌を暗刻で持っていれば、例えまったくの不要牌でも一瞬迷うことが多い。
ノータイム 九索 切りということは、ドラの 六索 を暗刻で持っている可能性は低いか?
ならば親の手は安手の可能性が高い。
ラス目が安仕掛けならば・・・!


ここで見逃してラス親に連荘でもされたらどうなる?
どうせ不調の真っ只中なんだ。
ラス逃れ、裏ドラ乗らずの3着でもいいんじゃないか?
そもそも親の仕掛けが安い保障がどこにある?


零コンマ何秒、私の脳内でこれら正負の情報が駆け巡る。


そして決断。
私は 九索 を見逃し、ツモに全てを託した。


手牌を倒して裏ドラ乗らずの3着確。ツモれば確実に逆転なのに。
そんなことは出来ない。
これは私の意地であった。


同巡、対面が 九索 を合わせ打つ。
未練を断ち切り、迎えた同巡のツモで私の手牌が開く。


二萬三萬四萬五萬六萬七萬三筒四筒五筒九筒九筒七索八索 六索


リーチ平和ツモドラ赤1のマンガン
裏ドラは、無し。


私の意地は、裏ドラではなく、表ドラを引き寄せたのか?


トップを取れた訳では無い。
しかし、不調の中で己の意地を貫き通した、価値ある2着だと感じた。


そして次の半荘、22戦目で私は久々のトップを取った。


オーラス、上家の2着目とは3000点の僅差。
下家の親の索子染めに絞りつつ、かつギリギリで和了に向かう。
そして15巡目、手元に引き寄せたのはフリテンの 六索
役牌のみの3本5本。


実に泥臭い、青息吐息の逃げ切り劇。
それでも久々のトップに、私は深い溜息をつきながら、最後にツモった牌を眺めた。


2半荘のオーラスで、連続して和了牌となった 六索
ただの偶然だとは分かっている。
しかし、流れ論者でない私でさえも、ここに何某かの意味を考えずにはいられなかった。


勿論、牌は黙して何も語らない。


ただ、焦る必要などやはり無いのだ。
明日から、また静かな気持ちで闘牌に望めるだろう。


そんな思いが、心に残った。